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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2667号 判決 1956年10月24日

原告 西部鉄工機械工業協同組合

被告 東建金物株式会社

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二百六十八万円及びこれに対する昭和二十九年八月二十七日以降右完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外東京建築金物株式会社(以下訴外会社と略称する)は左記四通の約束手形を振り出した。

イ、振出日昭和二十九年四月二十一日、金額四十八万円、満期昭和二十九年七月二十三日、受取人訴外エンゼル興業株式会社、振出地及び支払地東京都中央区、支払場所株式会社日本勧業銀行小伝馬町支店

ロ、振出日昭和二十九年五月二十六日、金額五十五万円、満期昭和二十九年八月二十六日、受取人、振出地及び支払場所はイと同じ

ハ、振出日昭和二十九年七月八日、金額百十万円、満期昭和二十九年八月八日、受取人川崎金属工業所川崎良弘、振出地及び支払地はイ、と同じ、支払場所日本相互銀行堀留支店

ニ、振出日昭和二十九年七月十日金額五十五万円満期昭和二十九年七月二十八日、受取人、振出地及び支払地はハと同じ、支払場所株式会社三井銀行本町支店

二、原告は右各約束手形をそれぞれの受取人から白地裏書によつて譲り受け、これ等を支払のために各満期日に各支払場所に呈示したところ、いずれも支払を拒絶された。

三、訴外会社は営業不振のため昭和二十九年七月十五日以降休業した。

四、被告会社は昭和二十九年九月二十二日設立され、訴外会社の営業一切を譲り受け、これを継承して営業を開始したが、右営業譲渡に当つて被告会社は訴外会社の営業によつて生じた債務を引受けた。

五、仮に被告会社が訴外会社の債務を引き受けなかつたとしても、被告会社はその営業を開始するに当つて訴外会社の営業一切を継承して発足する旨を一般に発表し、なお、原告に対してもその旨を書面(甲第五号証の二)で通知したから、被告会社は訴外会社からその営業を譲り受け、かつ訴外会社の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を表示した者として本件各約束手形金債務を弁済しなければならない。

と述べ、被告の主張に対し、「訴外会社の債権者有志の会合が数回開かれ、右会合において被告主張のような決議がなされたこと及び原告組合の代表者である山田正作が右会合に出席していたことは認めるが、山田は右決議に賛成しなかつた。」と答えた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、「訴外会社が昭和二十九年七月十五日に休業したこと、被告会社が同年九月二十二日に設立されたこと及び被告会社が原告その他訴外会社の特定の債権者及び得意先に宛て原告主張のような通知を出したことは認める。訴外会社が原告主張の各約束手形を振り出した事実及び原告が右各約束手形の所持人となりそれ等を各満期日に各支払場所に支払のために呈示した事実は不知。その余の事実はすべて否認する。訴外会社が昭和二十九年七月頃経営不振のため、債務の支払を停止するに至り、訴外会社の多数の債権者は同月二十九日会合を開いて債権の処理について協議し、整理委員会を設けてこれに訴外会社の資産を調査し債権整理の方策を樹てることになつた。そして右委員会で債権整理の腹案が作られた後、同年九月二十八日訴外会社の債権者八十三名と訴外会社役員とが出席して債権者会議が開かれ、整理委員会の報告を基礎としていろいろ意見が交換された結果大多数の債権者の賛成を得て(1) 訴外会社の債権者は債権の五割を切り捨てる。(2) 訴外会社の残余の債務は同会社の取締役である訴外井上武夫が引き受け同人が三ケ年以内に弁済する。(3) 井上は新設された被告会社に役員として入社する。という趣旨の決議がなされた。原告組合の代表理事である山田正作は整理委員に選出されて常に会合に出席し、債権者総会において右決議に賛成した。仮に山田が右決議に賛成しなかつたとしても、以上の経過を通じて明なように被告会社が訴外会社の営業を譲り受け、訴外会社の債務を引き受けた事実はないから、訴外会社の債務について被告会社が弁済の義務を負う理由はない。また被告会社が訴外会社の特定の債権者及び得意先に対し訴外会社の営業一切を継承した旨の通知を出したのは、訴外井上武夫が訴外会社から譲り受けた売掛債権を回収する上に被告会社の名を以つてする方が便宜であり、また被告会社が訴外会社の営業を継承したとすることが被告会社の将来の対外信用及び取引の上にも有利だつたからであり、被告会社が真実訴外会社からその営業を譲り受けたことはなく、また被告会社が右のような通知を出したことを以て被告会社が訴外会社の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を広告したと解することはできないから、被告会社は商法第二十八条による弁済義務を負わない。その上原告は、訴外会社と被告会社との間に営業の譲渡又は債務引受のないことを充分知つていたのであるから、取引の安全或いは善意の第三者の保護を理念とする商法第二十八条の保護に値いしない者である。」と述べた。<立証省略>

理由

一、証人山口哲爾の証言によつて成立を認められる甲第一乃至第四号証の各一及び二によると訴外会社が本件各約束手形を振出したこと、原告が右各約束手形をそれぞれの受取人から白地裏書によつて譲り受けてその所持人となり、これ等を各満期日に各支払場所に支払のために呈示したところ支払を拒絶されたことを認定することができ、この認定に反する証拠は何もない。

二、訴外会社が昭和二十九年七月十五日事業不振のため休業するに至つたこと及び被告会社が同年九月二十二日に設立されたことは当事者間に争いがない。

三、まず被告会社が本件各約束手形債務を訴外会社から引き受けたか否かについて判断するのに、当法廷にあらわれたすべての証拠をもつてしても訴外会社と被告会社と原告との間、被告会社と原告との間又は被告会社と訴外会社との間に債務引受の契約がなされた事実を認定することができないから(なお後記認定の事実参照)この点に関する原告の主張は失当である。

四、次に被告会社が原告に対し商法第二十八条に基いて本件各手形債務を弁済する義務があるか否かについて判断する。

1、被告会社が訴外会社の特定の債権者及び得意先に対し書面(甲第五号証の三)で被告会社が訴外会社の営業一切を継承した旨の通知をなしたこと、原告が右通知を受け取つたことについては当事者間に争いがなく、またその成立に争いのない甲第五号証の二によると右通知は昭和二十九年の十月中になされたことが推認され、この推認に反する証拠はない。しかし被告会社が右の方法以外の方法で、被告会社が訴外会社の営業一切を継承した旨を一般に発表或は公告をした事実を認めるのに足りる証拠はなく、右の方法による通知は、証人林与一の証言によれば多くとも四百以下の宛先に対してなされたに過ぎないことが認められるので、未だこれを以つては商法第二十八条にいう広告をなしたものとはいゝ難い。

2、ところで同法条の立法趣旨は、外観尊重又は禁反言の原則に基いて、営業の譲受人が譲渡人の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を表示したときには現実に債務引受契約がなされたか否かを問わず譲受人に右債務の弁済義務を認め、譲受人の表示を信頼した債権者を保護するというのにあるから、同条をこの趣旨から解釈すると、譲受人は、債務引受を広告によつて表示した場合にかぎらず、譲渡人の債権者に対し書面等により個別的に債務引受を通知した場合にも、その債務について通知の趣旨に従つた弁済義務を負うものといわなければならない。

3、また「営業一切を継承した」ということは通常組織化された営業財産全体を譲り受ける趣旨と解され、そのような営業財産は特に限定されないかぎり有体の財産、権利及び営業上価値のある取引関係その他の事実関係だけでなく営業によつて生じた債務をもあわせふくむものであるから、「営業一切を継承した」という前記書面による表示は特別の事情がなければ、「譲受人の営業によつて生じた債務を引き受ける」という意味を持つものと認められる。

4、しかし本件では訴外会社の債権者等の協議の結果、訴外会社の債務の五割を免除し残余の債務を訴外会社の取締役である訴外井上武夫が引き受けて三ケ年以内に弁済するという趣旨の決議がなされたこと、原告組合代表者山田正作が右協議に出席していたことについて当事者間に争いがなく、また証人山口哲爾、同今井国司、同林与一の各証言によつて成立の認められる乙第三号証の一乃至六、成立に争いのない乙第五号証の一及び二並びに右各証人及び同交田鉅一の各証言と原告組合代表者山田正作の尋問の結果とを綜合すると、昭和二十九年七月頃訴外会社が営業不振のためにその債務の支払を停止するにおよび訴外会社の債権者達は同月二十九日に会合を開いて債権取立について協議し、整理委員会を設けてこれに訴外会社の資産を調査し債権整理の方策を樹てさせることに決めたこと、右委員会で債権整理の腹案が作られた後、同年九月二十八日に訴外会社の債権者六十二名及び訴外会社の役員が出席し、債権者二十四名が出席者に決議権の行使を委任して債権者会議が開かれ、整理委員会の報告を基礎としていろいろ意見が交換された結果、被告会社を設立して訴外会社の営業を引き継がせる、訴外会社の債務の五割を免除し、残余の債務は訴外会社の取締役である井上武夫が引き受ける、井上は同時に訴外会社からその売掛債権及び若干の棚卸商品等を無償で譲り受け、被告会社の取締役に就任し、被告会社の営業活動を利用して訴外会社の売掛債権を回収し、棚卸品等を処分して訴外会社から引き受けた債務を三ケ年以内に弁済する、被告会社は井上が売掛債権を回収し棚卸品等を処分して各債権者に公平に弁済するのを援助する、訴外会社の売掛債権の回収等によつて井上が得た金員が債権者に対する弁済金額に不足するときは被告会社の営業利益をもつて道義的にその不足分を充足する、しかし被告会社は訴外会社の債権者に対し訴外会社の債務について何ら直接の弁済業務を負わないという趣旨で前示決議がなされたこと、かような決議がなされるにあたつては、被告会社の設立を推進し、設立後被告会社の取締役または監査役に就任してその経営にあたつた訴外熊木登、同松岡清、同富田薫一、同交田鉅一、同寺田新太郎(いずれも訴外会社の債権者)等が、被告会社が訴外会社の債務を井上とともに重ねて引き受け或はその支払を保証することは、被告会社の企業力を弱めるものとして右については何らのその責を負わない旨を再三再四強調していたこと、原告組合の代表者山田正作は整理委員として常に整理委員会及び債権者会議に出席し訴外会社の債務整理に積極的に協力し、右各会議の席上、井上が引き受けるべき前記債務について被告会社は債務引受も保証もしないという訴外熊木登等の右意見にむしろ同意し、別に同債務については訴外会社の役員において個人保証をしまたは担保を提供すべきことを強調したが、賛成を得られなかつたこと、従つて山田は前示決議の趣旨及び決議がなされる背景となつた事情を十分知つていたこと、昭和二十九年十月中に右債権者会議の経過報告及び決議事項が訴外会社の各債権者宛に書面で通知され、原告組合もこれを受け取つたことを認定することができ、この認定を左右する程の証拠は何もない。

してみると訴外会社の債権者会議で前示のような決議がなされてから間もなく、被告会社が訴外会社の各債権者宛に「被告会社が訴外会社の営業一切を継承した」旨を述べた書面(甲第五号証の二)を出したのは以上認定の諸事実と証人林与一の証言とを綜合すれば「先日の債権者集会の決議の趣旨に従つて被告会社が設立され営業を開始したから宜しくお願いします」という挨拶状としてであつたと認定され、この認定に反する証拠は何もない。そして債権者会議に出席し又は債権者会議の経過報告及び決議事項を受領して、右債権者会議で被告会社は事実上訴外会社の営業を継承するがその債務は引き受けないという趣旨の決議がなされたことを知つている訴外会社債権者は右書面を当然前示のような趣旨に解した筈であつて、右書面に被告会社が訴外会社の営業一切を継承する旨が書いてあるというだけで直ちにこれを被告会社が債権者総会の決議に反して訴外会社の債務を引き受けた旨の通知であると解することができないような状況にあつたといわなければならない。(このことは、仮りに右通知をいわゆる広告と解し得たとしても同様である。)

特に原告組合代表者山田正作は前述のように諸般の事情を熟知していたのであるから、甲第五号証の二の前記通知の趣旨を他の債権者と同様に知つていたものと思われ、原告は被告会社が原告に対し右書面を送付したからといつて、被告会社に対し、被告会社が訴外会社の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を表示したとして、原告の訴外会社に対する債権の弁済を求めることができないといわなければならない。

五、よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

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